どう思われたいの?
人は「関係性」の中で生きています。
「関係性」の一切持てない(ない)世界では
人は生きていく欲求さえ危ぶまれたりします。
「関係性」を維持して生きていくことは、ある種の生存維持本能でもあります。
これがね、裏を返せば厄介に人を苦しめます。「関係性」を維持するためには、他者認識つまり「で、私はどう思われているかなあ」がかなり重要視されます。
こればっかになっちゃう。
誰との関係性においても「どう思われるか」
が行動の動機、要因になってしまうの。
一見「相手の気持ち考えて」とか
「相手の立場になって」なんて「正しい考え方」のようですが、その前にさ、自分はどうなんだろうね。
「どう思われるか」が行動軸の人は、環境に左右され、自分をすり減らします。
疲れすぎちゃうのね。
「どう思われるか」に疲れたら、行動を変えちゃう。
「どう思われてもいい」に。
だって、あの人はあなたじゃないから、何をどうしたって、「どう思われるか」なんて
わからないんだよ。
流水
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